2007年09月14日

日中戦争[大正9年〜昭和14年]

第3期 法人課税と株主課税の並存の時代
  (日中戦争[大正9年〜昭和14年])
1920/大正9 所得税法改正(株主にも課税を行う)
清算所得課税の開始
1922/大正11 信託法の施行
1923/大正12 関東大震災が起こる
1925/大正14 治安維持法を公布
普通選挙法を制定(男子25歳以上)、政党政治
1926/大正15 所得税法改正(単一税率へ)
法人所得における繰越欠損金の控除を廃止
営業税を廃止し、営業収益税を創設
1927/昭和2 取り付け騒ぎから昭和金融恐慌が起こる
1929/昭和4 ウォール街で株価暴落し、世界恐慌へ
1931/昭和6 柳条湖事件、満州事変勃発
1932/昭和7 満州国建国、血盟団事件、五・一五事件
1933/昭和8 国際連盟から脱退
1935/昭和10 軍需産業等を対象に臨時利得税法施行
1936/昭和11 二・二六事件、以後、軍部大臣現役武官制へ
1937/昭和12 臨時租税増徴法法人資本法が施行
北支事件特別税法が施行
法人税など大幅引上げ
盧溝橋事件、日中戦争(支那事変)
1938/昭和13 支那事変特別税法が施行
国家総動員法を公布
1939/昭和14 第二次世界大戦が開始


株主課税の開始

 当初は反対一揆も起こった徴兵制度も、日清戦争の勝利などにより、次第に浸透していきました。そして日露戦争、日中戦争など、日本は諸外国との戦いのために海軍などの軍備を拡大する必要がありました。そのため、次々に増税政策が行われていきました。

 法人への所得課税の創設にあわせて、株主については非課税としていた所得税でしたが、株主に対する非課税には批判も多く、大正9年改正により株主に対しても課税を行うことになりました。

 これにより、法人を株主とは独立した課税主体として認めることになりました。配当を受ける個人株主側は、配当所得の40%を所得控除し、配当を行う法人側は最低税率(5%)による課税を行うこととなりました(ただし大正15年に軽減税率は廃止され、単一税率へ)。

 これに対して配当を受ける法人株主は、全額益金として所得計算を行うことになり、二重課税が行われることになりました。

大正9年改正と所得の細分化

 大正9年の改正では、法人の種類ごとに設けていた課税区分を廃止し、超過所得、留保所得、配当所得(税率5%)、清算所得(税率7.5%)、外国法人の国内所得に区分し、それぞれの税率を課すことになりました。

 その後、大正15年改正では配当所得と留保所得を統合して普通所得とし、内国法人5%、外国法人10%という単一税率にし、超過所得と清算所得の3つの所得区分にしました(同族会社には別途留保金課税制度あり)。

 また、法人税(第一種所得税)の課税は、一事業年度ごとの所得計算が前提であるとの理由から、無制限に認められていた繰越欠損金の控除が廃止されることになりました。

営業税から営業収益税へ

 物品の売上高などに課税していた外形標準課税の一種である営業税は、収益と整合性が取れないことから、大正3年ごろから廃止運動が起こり、大正15年に廃止され、代わって、法人の純利益(ほぼ所得金額に同じ)に課税する営業収益税が創設され、3.6%の税率を課すことになりました。

戦争と増税

 昭和12年には、臨時租税増徴法が施行され、法人税率が引上げられました。さらに法人資本税法の施行により、欠損法人を除く法人の資本額に対して0.1%の税率で新たに課税することになりました。

同年、盧溝橋事件を端緒とする日中戦争に備え、北支事件特別税法が施行され、10%の付加課税を行いました。昭和13年には同法を廃止し、支那事変特別税法を施行し、増徴傾向はますます強まっていきました。


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 [2007/09/14 初投稿]
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